職業別の有名人出身大学 >俳人・歌人の大学別有名人
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このサイトに登録されている「俳人・歌人」の有名人の数:193人中 
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青山学院大学
 1  櫂未知子Wikipedia
櫂 未知子(かい みちこ、1960年9月3日 - )は、俳人。北海道余市郡出身。当初は短歌を学んだがのちに俳句に転向、「春は曙そろそろ帰つてくれないか」「雪まみれにもなる笑つてくれるなら」など、口語表現を生かし、強さとエレガンスを持った女性像を描き出す作品に特徴がある。「銀化」同人。俳人協会、国際俳句交流協会、日本文藝家協会会員。
9月3日生まれの人      1960年生まれの人      
 2  ねじめ正一Wikipedia
ねじめ 正一(ねじめ しょういち、男性、1948年6月16日 - )は、日本の詩人、小説家。本名は禰寝 正一(読みは同じ)。東京都杉並区生まれ。杉並区立杉並第四小学校→杉並区立高円寺中学校→日本大学第二高等学校卒業。青山学院大学経済学部中退。父は俳人のねじめ正也。長男は俳優のねじめ宗吾(ねじめ そうご、本名:禰寝宗吾、1975年5月4日 - )。長女は脚本家の禰寝彩木(ねじめ さえき、1979年2月11日 - )。
日本大学第二高等学校出身      全国の日本大学第二高等学校の出身者
6月16日生まれの人      1948年生まれの人      
 3  倉橋羊村    神奈川県 横浜市 出身Wikipedia
倉橋 羊村(くらはし ようそん、1931年(昭和9年)4月28日 - )は、日本の俳人。俳誌「波」主宰。本名は倉橋裕(くらはし ゆたか)。
全国の神奈川県出身者    全国の横浜市出身者
神奈川県立厚木高等学校出身      全国の神奈川県立厚木高等学校の出身者
4月28日生まれの人      1931年生まれの人      神奈川県出身の1931年生まれの人      
 4  倉橋羊村    神奈川県 横浜市 出身Wikipedia
倉橋 羊村(くらはし ようそん、1931年(昭和9年)4月28日 - )は、日本の俳人。俳誌「波」主宰。本名は倉橋裕(くらはし ゆたか)。
全国の神奈川県出身者    全国の横浜市出身者
神奈川県立希望ヶ丘高等学校出身      全国の神奈川県立希望ヶ丘高等学校の出身者
4月28日生まれの人      1931年生まれの人      神奈川県出身の1931年生まれの人      

岩手医科大学
 5  後藤杜三Wikipedia
後藤 杜三(ごとう もりぞう、1918年 - )は日本の医師、俳人、作家。北海道札幌市生まれ。私立岩手医学専門学校(現・岩手医科大学)卒、医学博士。
1918年生まれの人      

愛媛大学
 6  村上護    愛媛県 出身Wikipedia
村上 護(むらかみ まもる、1941年11月28日 - 2013年6月29日)は、日本の文芸評論家、俳人。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立大洲高等学校出身      全国の愛媛県立大洲高等学校の出身者
11月28日生まれの人      1941年生まれの人      愛媛県出身の1941年生まれの人      
 7  西垣脩Wikipedia
西垣 脩(にしがき しゅう、1919年5月19日 - 1978年8月1日)は俳人、国文学者。
大阪府立住吉高等学校出身      全国の大阪府立住吉高等学校の出身者
5月19日生まれの人      1919年生まれの人      

大阪外国語大学
 8  赤尾兜子    兵庫県 姫路市 出身Wikipedia
赤尾 兜子(あかお とうし、1925年(大正14年)2月28日 - 1981年(昭和56年)3月17日)は、日本の俳人。本名は赤尾俊郎。
全国の兵庫県出身者    全国の姫路市出身者
兵庫県立龍野高等学校出身      全国の兵庫県立龍野高等学校の出身者
2月28日生まれの人      1925年生まれの人      兵庫県出身の1925年生まれの人      

大阪市立大学
 9  茨木和生    奈良県 出身Wikipedia
茨木 和生(いばらき かずお、1939年1月11日 - )は俳人。奈良県大和郡山市生まれ。大阪市立大学文学部卒業後、私立高槻中学校・高等学校教諭(古文担当)となる。
全国の奈良県出身者
高槻高等学校出身      全国の高槻高等学校の出身者
1月11日生まれの人      1939年生まれの人      奈良県出身の1939年生まれの人      

岡山大学
 10  皿井立三郎    岡山県 出身Wikipedia
皿井 立三郎(さらい たつさぶろう、明治3年(1870年)10月) - 昭和20年(1945年)12月18日)は日本の医師、俳人。大阪府士族[1]。元皿井耳鼻咽喉科医院長。
全国の岡山県出身者
1870年生まれの人      岡山県出身の1870年生まれの人      

小樽商科大学
 11  高濱年尾    東京都 出身Wikipedia
高浜 年尾(たかはま としお、1900年12月16日 - 1979年10月26日)は、俳人。高浜虚子の実子。東京都神田猿楽町に虚子・いと夫妻の長男として生まれる。「年尾」の名は正岡子規の命名。小樽商業高等学校(現・小樽商科大学)卒業後、旭シルクに入社。のち転勤により兵庫県芦屋に転居。句作は父虚子の手ほどきを受けて中学時代からはじめていたがこの時期に一時中断、1938年に「俳諧」を発行し連句をはじめる。「俳諧」は俳句、連句、俳文、俳詩、俳論などのほか俳句の英・仏・独訳を載せるなど意欲的な俳誌であった。1939年、旭シルクを退社し以後俳句に専念、関西の俳壇の中心として活躍。1944年、戦時下の物資不足のため「俳諧」を「ホトトギス」に合併。1951年「ホトトギス」雑詠選者。1959年、朝日俳壇および愛媛俳壇選者。同年虚子より「ホトトギス」主宰を継承。1979年10月26日死去、78歳。死後「ホトトギス」主宰は娘の稲畑汀子に引き継がれた。句集に『年尾句集』ほかに『俳諧手引』などの著書がある。
全国の東京都出身者
12月16日生まれの人      1900年生まれの人      東京都出身の1900年生まれの人      

お茶の水女子大学
 12  杉田久女    鹿児島県 出身Wikipedia
杉田久女(すぎた ひさじょ、明治23年(1890年)5月30日 - 昭和21年(1946年)1月21日)は明治~昭和期の俳人。本名は杉田久(すぎた ひさ)。
全国の鹿児島県出身者
5月30日生まれの人      1890年生まれの人      鹿児島県出身の1890年生まれの人      

嘉悦大学
 13  鈴木真砂女Wikipedia
鈴木 真砂女(すずき まさじょ、女性、1906年11月24日-2003年3月14日)は昭和期の俳人。本名、まさ。娘は女優の本山可久子。
11月24日生まれの人      1906年生まれの人      

金沢大学
 14  喜多昭夫    石川県 出身Wikipedia
喜多 昭夫(きた あきお、1963年1月10日 - )は歌人、俳人、文芸評論家。石川県文芸協会事務局長、石川県歌人協会幹事、つばさ短歌会主宰。
全国の石川県出身者
石川県立金沢泉丘高等学校出身      全国の石川県立金沢泉丘高等学校の出身者
1月10日生まれの人      1963年生まれの人      石川県出身の1963年生まれの人      
 15  阿部完市    東京都 出身Wikipedia
阿部 完市(あべ かんいち、1928年1月25日 - 2009年2月19日)は、俳人、精神科医。東京生まれ。金沢医科大学付属医学専門部(現金沢大学医学部)卒。1950年より勤務先の病院の俳句グループで作句をはじめる。1951年、日野草城の「青玄」入会、1952年西村白雲郷の「未完」入会、1953年高柳重信の「俳句評論」入会。1962年、金子兜太の「海程」4号より入会、同人。1965年第2回海程賞、1970年第17回現代俳句協会賞。1974年より「海程」編集長。現代俳句協会、国際俳句交流協会、日本ペンクラブ会員。現代俳句協会では1997年から2008年まで副会長を務めた。句集に『無帽』『絵本の空』『純白諸事』『軽のやまめ』など、評論に『俳句幻形』『俳句心景』など。2009年、81歳で死去。
全国の東京都出身者
1月25日生まれの人      1928年生まれの人      東京都出身の1928年生まれの人      

関西医科大学
 16  澁谷道Wikipedia
澁谷 道(しぶや みち、1926年11月1日 - )は、俳人。京都府京都市下京区麩屋町に生まれる。大阪女子高等医学専門学校に在学中、学生俳句会に参加し、精神科の教授であった平畑静塔の指導を受ける。1948年に同校卒業、のちに小児科内科澁谷医院を開設。この年に創刊された山口誓子の「天狼」に投句をはじめる。1949年、西東三鬼の雷光句会に参加。1952年「夜盗派」に同人参加。1959年「縄」創刊同人。1967年、橋閒石より連句の指導を受ける。1977年、金子兜太の「海程」同人。1978年、「白燕連句会」に入会し連句の実作を行う。1996年、俳句と連句の俳誌「紫薇」創刊同人代表となる。大阪市在住。
11月1日生まれの人      1926年生まれの人      

関西学院大学
 17  千野帽子Wikipedia
千野 帽子(ちの ぼうし、男性、1965年 - )は日本の文芸評論家、エッセイスト、俳人。本名・岩松 正洋、フランス文学者、関西学院大学商学部教授[1]。
1965年生まれの人      
 18  攝津幸彦    兵庫県 出身Wikipedia
攝津 幸彦(せっつ ゆきひこ、1947年1月28日 - 1996年10月13日)は、俳人。兵庫県養父郡八鹿町に生まれる。母良子は桂信子主宰の「草苑」の幹部同人であった。高槻中学校・高等学校を経て、関西学院大学卒業。高校時代より叔父の影響でジャズを聞くようになり頻繁にジャズ喫茶に通った。大学では在学中は映画研究会に所属。また伊丹啓子(「青玄」主幹伊丹三樹彦の娘)を知り「関学俳句会」創立、機関誌「あばんせ」を創刊。また学生俳句会のつながりで、他大学の坪内稔典、澤好摩らと交流、大学を超えた同人誌「日時計」創刊に参加する。1970年、広告会社の東京旭通信社(現・アサツー ディ・ケイ)に入社し上京。1972年田中資子と結婚。1974年、大本善幸、坪内稔典らと「黄金海岸」創刊。1974年、「鳥子幻影」で俳句研究「第二回五十句競作」にて佳作第一席となり、編集長高柳重信に見出され一躍注目される。1980年、俳誌「豈」創刊に仁平勝らとともに参加。同誌は遅刊で知られたものの、前衛俳句の一大拠点となった。1992年より肝炎で入退院を繰り返し、1996年順天堂病院にて死去。享年49。
全国の兵庫県出身者
高槻高等学校出身      全国の高槻高等学校の出身者
1月28日生まれの人      1947年生まれの人      兵庫県出身の1947年生まれの人      
 19  摂津幸彦    兵庫県 出身Wikipedia
攝津 幸彦(せっつ ゆきひこ、1947年1月28日 - 1996年10月13日)は、俳人。兵庫県養父郡八鹿町に生まれる。母良子は桂信子主宰の「草苑」の幹部同人であった。高槻中学校・高等学校を経て、関西学院大学卒業。高校時代より叔父の影響でジャズを聞くようになり頻繁にジャズ喫茶に通った。大学では在学中は映画研究会に所属。また伊丹啓子(「青玄」主幹伊丹三樹彦の娘)を知り「関学俳句会」創立、機関誌「あばんせ」を創刊。また学生俳句会のつながりで、他大学の坪内稔典、澤好摩らと交流、大学を超えた同人誌「日時計」創刊に参加する。1970年、広告会社の東京旭通信社(現・アサツー ディ・ケイ)に入社し上京。1972年田中資子と結婚。1974年、大本善幸、坪内稔典らと「黄金海岸」創刊。1974年、「鳥子幻影」で俳句研究「第二回五十句競作」にて佳作第一席となり、編集長高柳重信に見出され一躍注目される。1980年、俳誌「豈」創刊に仁平勝らとともに参加。同誌は遅刊で知られたものの、前衛俳句の一大拠点となった。1992年より肝炎で入退院を繰り返し、1996年順天堂病院にて死去。享年49。
全国の兵庫県出身者
1月28日生まれの人      1947年生まれの人      兵庫県出身の1947年生まれの人      
 20  森一郎Wikipedia
森 一郎(もり いちろう、1923年 - 1991年)は、日本の英語教師、俳人。奈良県立畝傍中学、東京文理科大学卒業。奈良女子高等師範学校附属高等女学校(現・奈良女子大学附属中等教育学校)英語科教諭、東京都立日比谷高等学校英語科教諭、関西学院大学教授、奈良産業大学教授、中央ゼミナール講師を歴任。
奈良県立畝傍高等学校出身      全国の奈良県立畝傍高等学校の出身者
1923年生まれの人      

関西大学
 21  中岡毅雄    東京都 出身Wikipedia
中岡 毅雄(なかおか たけお、1963年11月10日 - )は俳人。
全国の東京都出身者
11月10日生まれの人      1963年生まれの人      東京都出身の1963年生まれの人      



学習院大学
 22  見目誠    埼玉県 出身Wikipedia
見目 誠(けんもく まこと、1952年8月27日 - 2013年7月14日)は、日本の翻訳家、俳人、詩歌研究家。埼玉県生まれ。1976年学習院大学文学部卒。同大学院仏文科博士課程単位取得退学。その後高校教諭をしながら、文筆・翻訳活動を行った。日本フランス語フランス文学会、日本翻訳家協会、俳人協会、国際俳句交流協会会員。「馬酔木」、「関西文学」同人。
全国の埼玉県出身者
兵庫県立尼崎稲園高等学校出身      全国の兵庫県立尼崎稲園高等学校の出身者
8月27日生まれの人      1952年生まれの人      埼玉県出身の1952年生まれの人      
 23  成瀬正俊Wikipedia
成瀬 正俊(なるせ まさとし、1930年(昭和5年)9月3日 - 2008年(平成20年)4月4日)は、俳人。国宝・犬山城の元城主であり、旧所有者。学習院大学文学部卒業。愛知県犬山市初の名誉市民。角川書店やテレビ朝日にも勤務していた。
9月3日生まれの人      1930年生まれの人      

九州大学
 24  千野帽子Wikipedia
千野 帽子(ちの ぼうし、男性、1965年 - )は日本の文芸評論家、エッセイスト、俳人。本名・岩松 正洋、フランス文学者、関西学院大学商学部教授[1]。
1965年生まれの人      
 25  吉野裕之Wikipedia
吉野 裕之(よしの ひろゆき、1961年8月1日 - )はプログラムオフィサー、歌人、俳人。堂号は空蝉庵[1]。歌人の髙橋みずほは妻。同じく歌人の髙橋俊人は妻の祖父。
神奈川県立横浜緑ヶ丘高等学校出身      全国の神奈川県立横浜緑ヶ丘高等学校の出身者
8月1日生まれの人      1961年生まれの人      
 26  西村我尼吾Wikipedia
西村 我尼吾(にしむら がにあ、1952年4月16日)は、日本の俳人。本名・西村英俊。1952年大阪府生まれ。灘高校、東京大学法学部卒。通商産業省に入省。山口青邨に師事。東大学生俳句会「原生林」編集長。東大ホトトギス会幹事。1978年対馬康子と結婚。1981年より2年間米国イェール大学大学院に留学、修士。
灘高等学校出身      全国の灘高等学校の出身者
4月16日生まれの人      1952年生まれの人      
 27  森澄雄Wikipedia
森 澄雄(もり すみお、1919年(大正8年)2月28日 - 2010年(平成22年)8月18日[1])は、日本の俳人。本名、森澄夫。
2月28日生まれの人      1919年生まれの人      

京都女子大学
 28  夏井いつきWikipedia
夏井いつき(なつい いつき、1957年(昭和32年)5月13日 - )は愛媛県松山市在住の俳人・エッセイストである。
愛媛県立宇和島東高等学校出身      全国の愛媛県立宇和島東高等学校の出身者
5月13日生まれの人      1957年生まれの人      

京都大学
 29  田中裕明    大阪府 大阪市 出身Wikipedia
田中 裕明(たなか ひろあき、1959年10月11日 - 2004年12月30日)は、大阪府出身の俳人。波多野爽波に師事、「青」に拠ったのち、「ゆう」を創刊・主宰。1983年に角川俳句賞を史上最年少の22歳で受賞。俳句の伝統をふまえた瑞々しい句風で、俳壇のニューウェーブとして活躍したが、白血病により早世した。
全国の大阪府出身者    全国の大阪市出身者
大阪府立北野高等学校出身      全国の大阪府立北野高等学校の出身者
10月11日生まれの人      1959年生まれの人      大阪府出身の1959年生まれの人      
 30  脇田晴子    兵庫県 出身Wikipedia
脇田 晴子(わきた はるこ、1934年3月9日 - )は、日本の歴史学者。滋賀県立大学名誉教授。文学博士(京都大学、1969年)(学位論文「中世商工業座の構造」)。兵庫県西宮市生まれ。父は俳人の麻野恵三(微笑子)、夫は歴史学者の脇田修。子は経済学者の脇田成。
全国の兵庫県出身者
大阪府立北野高等学校出身      全国の大阪府立北野高等学校の出身者
3月9日生まれの人      1934年生まれの人      兵庫県出身の1934年生まれの人      
 31  大峯顕Wikipedia
大峯 顕(おおみね あきら、1929年7月1日 - )は、日本の哲学者、浄土真宗僧侶、俳人。大阪大学名誉教授、元龍谷大学教授。専立寺前住職。学者としての専攻は宗教哲学。中期フィヒテ研究・西田幾多郎研究で知られる。俳号は大峯あきら。
奈良県立畝傍高等学校出身      全国の奈良県立畝傍高等学校の出身者
7月1日生まれの人      1929年生まれの人      
 32  長谷川素逝    三重県 出身Wikipedia
長谷川 素逝(はせがわ そせい、1907年(明治40年)2月2日 - 1946年(昭和21年)10月10日)は、日本の俳人。本名・直次郎。
全国の三重県出身者
三重県立津高等学校出身      全国の三重県立津高等学校の出身者
2月2日生まれの人      1907年生まれの人      三重県出身の1907年生まれの人      
 33  日野克修(日野草城)    東京都 出身Wikipedia
日野 草城(ひの そうじょう、1901年(明治34年)7月18日 - 1956年(昭和31年)1月29日)は日本の俳人。本名は日野克修(よしのぶ)。
全国の東京都出身者
1901年生まれの人      東京都出身の1901年生まれの人      
 34  五十嵐播水    兵庫県 姫路市 出身Wikipedia
五十嵐 播水(いがらし ばんすい、1899年1月10日 - 2000年4月23日)は兵庫県出身の俳人、内科医。本名は久雄(ひさお)。姫路市鍛冶町に生まれる。野里尋常小学校、姫路中学校を経て1923年に京都帝国大学(京都大学)医学部を卒業。卒業後に松尾内科勤務を経て、神戸市立中央市民病院に勤務。同病院の副院長・院長を1959年まで務める。1961年に神戸市生田区で五十嵐内科を開業、1993年まで医師として務めた。
全国の兵庫県出身者    全国の姫路市出身者
兵庫県立姫路西高等学校出身      全国の兵庫県立姫路西高等学校の出身者
1月10日生まれの人      1899年生まれの人      兵庫県出身の1899年生まれの人      
 35  兼崎地橙孫    山口県 山口市 出身Wikipedia
兼崎 地橙孫(かねざき ぢとうそん、1890年(明治23年)3月27日 - 1957年(昭和32年)9月3日)は、山口県出身の日本の俳人、書家、弁護士。本名は理蔵。
全国の山口県出身者    全国の山口市出身者
山口県立小野田高等学校出身      全国の山口県立小野田高等学校の出身者
3月27日生まれの人      1890年生まれの人      山口県出身の1890年生まれの人      
 36  高浜虚子    愛媛県 出身Wikipedia
高浜 虚子(たかはま きょし、旧字体:高濱 虛子、1874年(明治7年)2月22日 - 1959年(昭和34年)4月8日)は明治・昭和期の俳人・小説家。本名は高浜 清(たかはま きよし、旧字体:高濱 淸)。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
2月22日生まれの人      1874年生まれの人      愛媛県出身の1874年生まれの人      
 37  河東碧梧桐    愛媛県 出身Wikipedia
河東碧梧桐(かわひがし へきごとう、1873年(明治6年)2月26日 - 1937年(昭和12年)2月1日)は、日本の俳人・随筆家。本名は秉五郎(へいごろう)。
全国の愛媛県出身者
愛媛県立松山東高等学校出身      全国の愛媛県立松山東高等学校の出身者
2月26日生まれの人      1873年生まれの人      愛媛県出身の1873年生まれの人      
 38  兼崎地橙孫    山口県 山口市 出身Wikipedia未登録
兼崎 地橙孫(かねざき ぢとうそん、1890年(明治23年)3月27日 - 1957年(昭和32年)9月3日)は、山口県出身の日本の俳人、書家、弁護士。本名は理蔵。
全国の山口県出身者    全国の山口市出身者
山口県立豊浦高等学校出身      全国の山口県立豊浦高等学校の出身者

慶應義塾大学
 39  三田完Wikipedia
三田 完(みた かん、1956年3月18日 - )は、日本の小説家、俳人。
慶應義塾志木高等学校出身      全国の慶應義塾志木高等学校の出身者
3月18日生まれの人      1956年生まれの人      
 40  藤原龍一郎    福岡県 出身Wikipedia
藤原 龍一郎(ふじわら りゅういちろう、1952年1月18日 - )は、歌人、俳人。福岡県出身。歌誌「短歌人」編集人。
全国の福岡県出身者
大阪府立池田高等学校出身      全国の大阪府立池田高等学校の出身者
1月18日生まれの人      1952年生まれの人      福岡県出身の1952年生まれの人      

慶應義塾大学
 41  車谷長吉    兵庫県 飾磨市 出身Wikipedia
車谷 長吉(くるまたに ちょうきつ、1945年7月1日 - 2015年5月17日)は日本の作家、随筆家、俳人。本名、車谷 嘉彦(くるまたに よしひこ)。兵庫県飾磨市(現・姫路市飾磨区)出身。筆名の「長吉」は唐代の詩人李賀にちなむ。妻は詩人の高橋順子。
全国の兵庫県出身者    全国の飾磨市出身者
姫路市立飾磨高等学校出身      全国の姫路市立飾磨高等学校の出身者
7月1日生まれの人      1945年生まれの人      兵庫県出身の1945年生まれの人      

慶應義塾大学
 42  江國滋    静岡県 静岡市 出身Wikipedia
江國 滋(えくに しげる、1934年8月14日 - 1997年8月10日)は、東京出身の演芸評論家、エッセイスト、俳人。俳号は滋酔郎。
全国の静岡県出身者    全国の静岡市出身者
静岡県立清水東高等学校出身      全国の静岡県立清水東高等学校の出身者
8月14日生まれの人      1934年生まれの人      静岡県出身の1934年生まれの人      
 43  楠本憲吉Wikipedia
楠本 憲吉(くすもと けんきち、1921年12月19日 - 1988年12月17日)は、俳人、随筆家。大阪府生まれ。実家は料亭・なだ万。灘中学校 (旧制)の同級に遠藤周作がいる。慶應義塾大学法学部卒、さらに学士入学で仏文科卒。在学中、1945年より句作を始め「慶大俳句」を組織し、日野草城に師事。のち草城の「青玄」無鑑査同人となる。俳誌「野の会」を主宰、俳句作家連盟会長、現代俳句協会顧問、東横学園女子短期大学客員教授を歴任。一般向けの随筆も多く、女性論、家族論、手紙、食事、酒など話題が豊富で洒脱な語り口ゆえ、テレビにもしばしば出演した。
灘高等学校出身      全国の灘高等学校の出身者
12月19日生まれの人      1921年生まれの人      


 44  池内友次郎    東京都 出身Wikipedia
池内 友次郎(いけのうち ともじろう、1906年10月21日 - 1991年3月9日)は日本の作曲家・音楽教育家・俳人。
全国の東京都出身者
開成高等学校出身      全国の開成高等学校の出身者
10月21日生まれの人      1906年生まれの人      東京都出身の1906年生まれの人      
 45  原民喜Wikipedia
原 民喜(はら たみき、1905年(明治38年)11月15日 - 1951年(昭和26年)3月13日)は、日本の小説家、詩人、俳人。俳号は杞憂。
広島大学附属高等学校出身      全国の広島大学附属高等学校の出身者
11月15日生まれの人      1905年生まれの人      
 46  五所平之助    東京都 千代田区 出身Wikipedia
五所 平之助(ごしょ へいのすけ、1902年1月24日 - 1981年5月1日)は、日本の映画監督、脚本家、俳人。日本最初の国産トーキー映画『マダムと女房』の監督として有名である。本名は五所 平右衛門(ごしょ へいえもん)。俳号は五所亭。
全国の東京都出身者    全国の千代田区出身者
慶應義塾高等学校出身      全国の慶應義塾高等学校の出身者
1月24日生まれの人      1902年生まれの人      東京都出身の1902年生まれの人      
 47  小島政二郎Wikipedia
小島 政二郎(こじま まさじろう、1894年(明治27年)1月31日 - 1994年(平成6年)3月24日)は、日本の小説家、随筆家、俳人。俳号は燕子楼。
京華高等学校出身      全国の京華高等学校の出身者
1月31日生まれの人      1894年生まれの人      
 48  久保田万太郎Wikipedia
久保田 万太郎(くぼた まんたろう、1889年(明治22年)11月7日 - 1963年(昭和38年)5月6日)は、浅草生まれの大正から昭和にかけて活躍した俳人、小説家、劇作家。生粋の江戸っ子として伝統的な江戸言葉を駆使して下町情緒と古典落語を愛し、滅びゆく下町の人情を描いた。俳号は暮雨、傘雨[1]。筆名は千野菊次郎。位階は従三位、勲等は勲一等。
東京都立両国高等学校出身      全国の東京都立両国高等学校の出身者
11月7日生まれの人      1889年生まれの人      
 49  佐藤紅緑    青森県 出身Wikipedia
佐藤 紅緑(さとう こうろく、1874年(明治7年)7月6日 - 1949年(昭和24年)6月3日)は、日本の作家、俳人。
全国の青森県出身者
青森県立弘前高等学校出身      全国の青森県立弘前高等学校の出身者
7月6日生まれの人      1874年生まれの人      青森県出身の1874年生まれの人      
 50  上田聴秋Wikipedia
上田 聴秋(うえだ ちょうしゅう、嘉永5年2月24日(1852年3月14日) - 昭和7年(1932年)1月17日)は、明治期の俳人。聴秋は号で、本名は「上田肇」、俳号は不識庵、別名「花本聴秋」、花本流派の11世宗匠で明治から大正期に京都の俳壇で重きをなした。書家としても優れた作品を残している。
2月24日生まれの人      1852年生まれの人      

高知大学
 51  西村麒麟Wikipedia
西村 麒麟(にしむら きりん、1983年8月14日 - )は、俳人。大阪市に生まれ、18歳まで広島県尾道市で育つ。2002年高知大学入学。2005年「古志」入会、長谷川櫂に師事。2009年、第1回古志新人賞、第1回石田波郷新人賞受賞。2013年12月、第一句集『鶉』を私家版で出版。2014年、第4回芝不器男俳句新人賞にて大石悦子奨励賞、『鶉』で第5回田中裕明賞受賞。句風は「飄逸」「現代の隠者」風などと評されており[1][2]、関悦史は「嫁がゐて四月で全く言ふ事無し」などの句について「安寧自足がそのまま俳諧的ずらしにつながる機微」を指摘する[3]。芝不器男賞の選評では先人の名を詠み込んだ句も評価された[4]。「古志」同人。
8月14日生まれの人      1983年生まれの人      

甲南大学
 52  稲畑廣太郎Wikipedia
稲畑 廣太郎(いなはた こうたろう、1957年 - )は、俳人。稲畑汀子の息子で、高濱虚子の曾孫にあたる人物。兵庫県芦屋市生まれ。1982年甲南大学経済学部を卒業。幼少時より母汀子について俳句に親しんでいたが、大学卒業後、合資会社ホトトギス社入社により本格的に俳句を志す。1988年「ホトトギス」同人、同誌編集長。2000年虚子記念文学館理事、2001年日本伝統俳句協会常務理事。2005年「ホトトギス」雑詠選者及び副主宰。2013年10月、汀子より引継ぎ「ホトトギス」主宰に就任。クラシック音楽の愛好家で俳句にも音楽を読み込んだ句がある。句集に『廣太郎句集』『半分』『八文の六』、著書に『曽祖父虚子の一句』。
甲南高等学校出身      全国の甲南高等学校の出身者
1957年生まれの人      

神戸大学
 53  脇田晴子    兵庫県 出身Wikipedia
脇田 晴子(わきた はるこ、1934年3月9日 - )は、日本の歴史学者。滋賀県立大学名誉教授。文学博士(京都大学、1969年)(学位論文「中世商工業座の構造」)。兵庫県西宮市生まれ。父は俳人の麻野恵三(微笑子)、夫は歴史学者の脇田修。子は経済学者の脇田成。
全国の兵庫県出身者
大阪府立北野高等学校出身      全国の大阪府立北野高等学校の出身者
3月9日生まれの人      1934年生まれの人      兵庫県出身の1934年生まれの人      

國學院大學
 54  堀本裕樹Wikipedia
堀本 裕樹(ほりもと ゆうき、1974年8月12日 - )は、日本の俳人、文筆家。所属事務所はアドライフ。和歌山県出身。尾道大学日本文学科非常勤講師、実践女子学園生涯学習センター講師、杉並区立角川庭園・すぎなみ詩歌館講師、俳人協会会員。國學院大学卒業。上野一孝代表の俳誌「梓」同人。
8月12日生まれの人      1974年生まれの人      
 55  角川春樹    富山県 出身Wikipedia
角川 春樹(かどかわ はるき、1942年1月8日 - )は、日本の実業家、映画監督、映画プロデューサー、俳人、冒険家。角川春樹事務所会長兼社長、幻戯書房会長。
全国の富山県出身者
國學院大學久我山高等学校出身      全国の國學院大學久我山高等学校の出身者
1月8日生まれの人      1942年生まれの人      富山県出身の1942年生まれの人      
 56  飯田龍太    山梨県 出身Wikipedia
飯田 龍太(いいだ りゅうた、1920年(大正9年)7月10日 - 2007年(平成19年)2月25日)は日本の俳人、随筆家、評論家。戦後における俳壇で新鋭的な俳人として一躍注目を集める。俳人・飯田蛇笏(武治)の四男。
全国の山梨県出身者
山梨県立甲府第一高等学校出身      全国の山梨県立甲府第一高等学校の出身者
7月10日生まれの人      1920年生まれの人      山梨県出身の1920年生まれの人      
 57  石田勝彦Wikipedia
石田 勝彦(いしだ かつひこ、1920年10月3日 - 2004年7月9日)は俳人。本名は和郎(かずろう)。北海道札幌市生まれ。國學院大學卒業。1952年、東京療養所俳句サークル誌「松濤」の加藤楸邨の選を受け、翌年、「寒雷」に入会。また石田波郷に師事し、1954年、俳誌「鶴」に入会。波郷没後、1974年、「泉」創刊に参加(のちに代表)。1988年、俳人協会評議員。2000年、句集『秋興』により第39回俳人協会賞受賞。2004年7月9日午後8時、慢性腎不全のため、東京都八王子市の病院にて死去。
10月3日生まれの人      1920年生まれの人      
 58  角川源義Wikipedia
角川 源義(かどかわ げんよし、1917年(大正6年)10月9日 - 1975年(昭和50年)10月27日)は、日本の実業家、国文学者、俳人。角川書店(現・KADOKAWA)の創立者。俳号は源義(げんぎ)、水羊(すいよう)。
富山県立富山中部高等学校出身      全国の富山県立富山中部高等学校の出身者
10月9日生まれの人      1917年生まれの人      
 59  能村登四郎Wikipedia
能村 登四郎(のむら としろう、1911年1月5日 - 2001年5月24日)は、俳人。
1月5日生まれの人      1911年生まれの人      
 60  村山古郷    京都府 出身Wikipedia
村山 古郷(むらやま こきょう、1909年6月19日 - 1986年8月1日)は、俳人。
全国の京都府出身者
6月19日生まれの人      1909年生まれの人      京都府出身の1909年生まれの人      

駒澤大学
 61  喜谷六花    東京都 出身Wikipedia
喜谷 六花(きたに りっか、1877年(明治10年)7月12日 - 1968年(昭和43年)12月20日)は、東京都出身の日本の俳人。曹洞宗華嶽山梅林寺住職、28世慈門良哉大和尚、曹洞宗権大教師。
全国の東京都出身者
7月12日生まれの人      1877年生まれの人      東京都出身の1877年生まれの人      

埼玉大学
 62  鎌倉佐弓Wikipedia
鎌倉 佐弓(かまくら さゆみ、1953年1月24日 - )は、高知県生まれの俳人。本名、乾佐弓。埼玉県富士見市在住。
埼玉県立浦和第一女子高等学校出身      全国の埼玉県立浦和第一女子高等学校の出身者
1月24日生まれの人      1953年生まれの人      
 63  秋尾敏    埼玉県 吉川市 出身Wikipedia
秋尾 敏(あきお びん、1950年 - )は、埼玉県吉川市出身の俳人、俳論家。本名は河合章男。埼玉県立春日部高等学校、埼玉大学教育学部卒業、 図書館情報大学大学院博士前期課程 、筑波大学大学院博士後期課程修了、博士(情報学)。父は俳句結社「軸」を主宰した河合凱夫。1991年、第11回現代俳句評論賞受賞。1992年「軸」同人。1999年、凱夫の死去に伴い「軸」主宰を継承。元・大妻女子大学社会情報学部非常勤講師、日本女子大学家政学部非常勤講師、メディア教育開発センター客員助教授。
全国の埼玉県出身者    全国の吉川市出身者
埼玉県立春日部高等学校出身      全国の埼玉県立春日部高等学校の出身者
1950年生まれの人      埼玉県出身の1950年生まれの人      
 64  原裕Wikipedia
原裕(はら ゆたか、1930年 - 1999年)は、茨城県出身の俳人。鹿火屋主宰。俳人協会常務理事。日本文学風土学会理事。日本文芸家協会会員。本名は原昇(旧名・堀込昇)。
1930年生まれの人      

信州大学
 65  小澤實    長野県 出身Wikipedia
小澤 實(おざわ みのる、1956年8月29日 - )は、長野県出身の俳人、俳文学者。俳誌「澤」主宰。本名・実。
全国の長野県出身者
長野県松本深志高等学校出身      全国の長野県松本深志高等学校の出身者
8月29日生まれの人      1956年生まれの人      長野県出身の1956年生まれの人      



上智大学
 66  鴇田智哉    千葉県 出身Wikipedia
鴇田 智哉(ときた ともや、1969年5月21日 - )は俳人。千葉県木更津市生まれ。上智大学文学部哲学科卒業、東洋大学大学院博士前期課程修了。1996年、「魚座」に入会、今井杏太郎に師事。2001年、「かなしみのあと」で第16回俳句研究賞受賞。2005年、第一句集『こゑふたつ』刊行、同句集で第29回俳人協会新人賞受賞。2006年、「魚座」終刊に伴い鳥居三朗の「雲」入会。現在「雲」編集長。「水入れてコップの水の冬めける」「畳から秋の草へとつづく家」「人参を並べておけば分かるなり」など、師である今井杏太郎の恬淡とした句風を受け継ぎつつ、現実のパースペクティブを狂わせるような独特の作品を発表している。また2009年より、角川書店の雑誌『俳句』での座談会をきっかけに、同年代の俳人榮猿丸、関悦史とともに俳句ユニット「SST」を結成、3人による合作の発表なども行っている。
全国の千葉県出身者
5月21日生まれの人      1969年生まれの人      千葉県出身の1969年生まれの人      
 67  阿部知代    群馬県 出身Wikipedia
阿部 知代(あべ ちよ、1963年7月23日 - )は、フジテレビのアナウンサー。現在はFCIニューヨーク本社に出向中。FNS用語委員。日本新聞協会用語懇談会委員。俳人でもある。
全国の群馬県出身者
群馬県立桐生女子高等学校出身      全国の群馬県立桐生女子高等学校の出身者
7月23日生まれの人      1963年生まれの人      群馬県出身の1963年生まれの人      
 68  須藤徹Wikipedia
須藤 徹(すどう とおる、1946年10月1日 - 2013年6月29日)は、日本の俳人、文芸評論家。1973年以来、芥川賞作家で俳人の多田裕計、裕計死去後は1983年から、小川双々子の門下生。現在俳句を中心とした文芸誌「ぶるうまりん」の代表(編集・発行人)、「豈」同人。
10月1日生まれの人      1946年生まれの人      
 69  上田五千石Wikipedia
上田 五千石(うえだ ごせんごく、1933年10月24日 - 1997年9月2日)は、俳人。本名は明男。
静岡県立富士高等学校出身      全国の静岡県立富士高等学校の出身者
10月24日生まれの人      1933年生まれの人      

成城大学
 70  小澤實    長野県 出身Wikipedia
小澤 實(おざわ みのる、1956年8月29日 - )は、長野県出身の俳人、俳文学者。俳誌「澤」主宰。本名・実。
全国の長野県出身者
長野県松本深志高等学校出身      全国の長野県松本深志高等学校の出身者
8月29日生まれの人      1956年生まれの人      長野県出身の1956年生まれの人      
 71  神吉拓郎Wikipedia
神吉 拓郎(かんき たくろう、1928年(昭和3年)9月11日 - 1994年(平成6年)6月28日)は、小説家、俳人、随筆家。成城高等学校文科卒業。東京府(現:東京都)出身。父は英文学者の神吉三郎。トリローグループの一人。俳号は「拓郎」、「尊鬼」。
麻布高等学校出身      全国の麻布高等学校の出身者
9月11日生まれの人      1928年生まれの人      

高崎経済大学
 72  下山田禮子Wikipedia
下山田禮子(しもやまだ れいこ、1947年新潟県生まれ)は日本の俳人である。「海程」入会、金子兜太に師事し作句を始める。高崎経済大学卒業。現在「海程」「遊牧」同人、現代俳句協会会員、埼玉県現代俳句協会理事、「高崎兜太句会」代表兼連絡係を勤めている。
1947年生まれの人      

拓殖大学
 73  星野紗一Wikipedia
星野 紗一(ほしの さいち、1921年(大正10年)10月31日 - 2006年6月22日)は、日本の俳人。 埼玉県浦和市(現・さいたま市)に生れる。
10月31日生まれの人      1921年生まれの人      

多摩美術大学
 74  中原道夫Wikipedia
中原 道夫(なかはら みちお、1951年4月28日 - )は、俳人。卓抜な機知を駆使し21世紀の風狂の俳諧師と呼ばれる。代表句に「白魚のさかなたること略しけり」「飛込の途中たましひ遅れけり」「瀧壺に瀧活けてある眺めかな」など。
4月28日生まれの人      1951年生まれの人      

中央大学
 75  仁平勝    東京都 出身Wikipedia
仁平 勝(にひら まさる、1949年4月26日 - )は、俳人・文芸評論家。
全国の東京都出身者
4月26日生まれの人      1949年生まれの人      東京都出身の1949年生まれの人      
 76  小島健    新潟県 出身Wikipedia
小島 健(こじま けん、1946年10月26日 - )は、俳人。新潟県生まれ。中央大学法学部卒業。10代の頃から俳句を始め、岸田稚魚に師事、俳誌「琅玕」(玕:王偏に干)に学ぶ。稚魚没後、角川春樹に師事、俳誌「河」(主宰:角川照子)に入会。角川春樹賞(1990年)、河新人賞(1991年)、河賞(1993年)を受賞。1995年、第一句集『爽』を上梓、翌年、句集『爽』により第19回俳人協会新人賞を受賞。
全国の新潟県出身者
10月26日生まれの人      1946年生まれの人      新潟県出身の1946年生まれの人      
 77  鷹羽狩行    広島県 出身Wikipedia
鷹羽 狩行(たかは しゅぎょう、1930年(昭和5年)10月5日 - )は、俳人。本名・高橋行雄。山形県新庄市生まれ。父親の仕事の関係で少年期を広島県尾道市で育つ。尾道商業高校を経て中央大学法学部卒業。高校時代より俳句を始め、1948年「天狼」に入会し山口誓子に師事。俳号「鷹羽狩行」は本名をもとに誓子が名づけたものである[1]。1954年、秋元不死男の「氷海」同人、1959年同誌編集長。1960年第1回天狼賞受賞、「天狼」同人。1965年、第一句集『誕生』で俳人協会賞、1974年、句集『平遠』で芸術選奨新人賞受賞。1976年、毎日俳壇選者。1978年より俳誌「狩」を主宰。2002年、『翼灯集』『十三星』で毎日芸術賞受賞。2008年、『十五峯』で詩歌文学館賞受賞、蛇笏賞受賞。NHKのラジオ番組の「ラジオ深夜便」のラジオ歳時記のコーナーを担当している。俳人協会会長、日本文芸家協会理事。
全国の広島県出身者
広島県立尾道商業高等学校出身      全国の広島県立尾道商業高等学校の出身者
10月5日生まれの人      1930年生まれの人      広島県出身の1930年生まれの人      
 78  湊楊一郎    北海道 出身Wikipedia
湊 楊一郎(みなと よういちろう、1900年(明治33年)1月1日 - 2002年(平成14年)1月2日)は、俳人。新興俳句運動の理論的支柱として知られる。本名は久々湊与一郎(くくみなとよいちろう)。
全国の北海道出身者
1月1日生まれの人      1900年生まれの人      北海道出身の1900年生まれの人      
 79  杉村楚人冠    和歌山県 出身Wikipedia
杉村 楚人冠(すぎむら そじんかん、明治5年7月25日(1872年8月28日) - 昭和20年(1945年)10月3日)は、新聞記者、随筆家、俳人である。本名は杉村 廣太郎(すぎむら こうたろう)。別号は縦横、紀伊縦横生、四角八面生、涙骨など多数。
全国の和歌山県出身者
7月25日生まれの人      1872年生まれの人      和歌山県出身の1872年生まれの人      
 80  渋川玄耳    佐賀県 出身Wikipedia
渋川 玄耳(しぶかわ げんじ、1872年6月3日(明治5年4月28日) - 1926年(大正15年)4月9日)。明治期に活躍したジャーナリスト、随筆家、俳人。佐賀県出身。本名渋川柳次郎。ほかに薮野椋十(やぶの むくじゅう)の筆名を用いる。
全国の佐賀県出身者
6月3日生まれの人      1872年生まれの人      佐賀県出身の1872年生まれの人      

東京外国語大学
 81  嶋田的浦    三重県 志摩市 出身Wikipedia
嶋田 的浦(しまだ てきほ、1893年1月22日 - 1950年4月11日)は日本の俳人。本名は襄。三重県志摩郡的矢村大字的矢(現在の志摩市磯部町的矢)出身。的浦の号は、故郷・的矢が小さな港(浦)を成していることにちなんでいる。
全国の三重県出身者    全国の志摩市出身者
三重県立宇治山田高等学校出身      全国の三重県立宇治山田高等学校の出身者
1月22日生まれの人      1893年生まれの人      三重県出身の1893年生まれの人      

東京教育大学
 82  森一郎Wikipedia
森 一郎(もり いちろう、1923年 - 1991年)は、日本の英語教師、俳人。奈良県立畝傍中学、東京文理科大学卒業。奈良女子高等師範学校附属高等女学校(現・奈良女子大学附属中等教育学校)英語科教諭、東京都立日比谷高等学校英語科教諭、関西学院大学教授、奈良産業大学教授、中央ゼミナール講師を歴任。
奈良県立畝傍高等学校出身      全国の奈良県立畝傍高等学校の出身者
1923年生まれの人      

東京芸術大学
 83  村川千秋Wikipedia
村川 千秋(むらかわ ちあき、1933年1月1日 - )は山形県村山市出身の男性オーケストラ指揮者。江戸前期に活躍した俳人・村川素英の子孫にあたり、弟は映画監督の村川透。
山形県立山形南高等学校出身      全国の山形県立山形南高等学校の出身者
1月1日生まれの人      1933年生まれの人      
 84  加倉井和夫    神奈川県 横浜市 出身Wikipedia
加倉井 和夫(かくらい かずお、1919年9月11日 - 1995年9月24日)は、日本画家。日本芸術院会員。俳人・建築家の加倉井秋を(加倉井昭夫)は兄。
全国の神奈川県出身者    全国の横浜市出身者
茨城県立太田第一高等学校出身      全国の茨城県立太田第一高等学校の出身者
9月11日生まれの人      1919年生まれの人      神奈川県出身の1919年生まれの人      

東京女子大学
 85  黒田杏子Wikipedia
黒田 杏子(くろだ ももこ、1938年(昭和13年)8月10日 - )は、俳人。東京市本郷生まれ。父は開業医。1944年栃木県に疎開、高校卒業まで栃木県内で過ごす。東京女子大学入学と同時に俳句研究会「白塔会」に入り、山口青邨の指導を受け、青邨主宰の「夏草」に入会。同大学文理学部心理学科卒業後、博報堂に入社。テレビ、ラジオ局プランナー、雑誌『広告』編集長などを務め、瀬戸内寂聴、梅原猛、山口昌男など多数の著名文化人と親交を持つ。この間、10年ほど作句を中断。1970年、青邨に再入門。青邨没後、1990年俳誌「藍生」(あおい)を創刊、主宰。
8月10日生まれの人      1938年生まれの人      

東京大学
 86  山口優夢Wikipedia
山口 優夢(やまぐち ゆうむ、1985年 - )は、日本の俳人、新聞記者。東京都に生まれる。2002年より開成高校の句会「紫雁会」に参加。2003年、第6回俳句甲子園にて団体優勝し、自句「小鳥来る三億年の地層かな」が最優秀句に選ばれる。その後東京大学に進学し、東大俳句会に所属。大学では理学部地球惑星環境学科で火星の地質を研究していた。2005年、龍谷大学青春俳句大賞大学生部門最優秀賞を受賞。2007年、第四回鬼貫青春俳句大賞優秀賞受賞。
開成高等学校出身      全国の開成高等学校の出身者
1985年生まれの人      
 87  小林恭二    兵庫県 西宮市 出身Wikipedia
小林 恭二(こばやし きょうじ、1957年11月9日 - )は 日本の小説家、俳人。メタ・フィクション的なユーモアに富んだ作風で知られる。専修大学文学部教授。
全国の兵庫県出身者    全国の西宮市出身者
兵庫県立宝塚高等学校出身      全国の兵庫県立宝塚高等学校の出身者
11月9日生まれの人      1957年生まれの人      兵庫県出身の1957年生まれの人      


 88  夏石番矢Wikipedia
夏石 番矢(なついし ばんや、1955年7月3日 - )は、兵庫県相生市生まれの俳人。明治大学法学部教授(専攻は比較文学)。本名:乾昌幸[1]。妻はやはり俳人の鎌倉佐弓。富士見市在住。20代より「俳句研究」「俳句評論」「未定」などで俳句・俳論を盛んに発表。代表句として「神々のあくびが桜を枯らすのか」など。多数の著書があり、句集では1冊ごとに新しいスタイルを試みる前衛俳人である。
淳心学院高等学校出身      全国の淳心学院高等学校の出身者
7月3日生まれの人      1955年生まれの人      
 89  長谷川櫂    熊本県 出身Wikipedia
長谷川 櫂(はせがわ かい、1954年2月20日 - )は、日本の俳人。
全国の熊本県出身者
熊本県立熊本高等学校出身      全国の熊本県立熊本高等学校の出身者
2月20日生まれの人      1954年生まれの人      熊本県出身の1954年生まれの人      
 90  野平匡邦    千葉県 成田市 出身Wikipedia
野平 匡邦(のひら まさくに、1947年7月25日 - )は、日本の政治家、官僚。弁護士。2期にわたって千葉県銚子市長を務めた。空手道東大拳法会7段、全日本空手道連盟3段。趣味は西洋の伝統芸術鑑賞、合唱など。父は外科医で俳人の野平藤雄。銚子市出身。
全国の千葉県出身者    全国の成田市出身者
銚子市立銚子高等学校出身      全国の銚子市立銚子高等学校の出身者
7月25日生まれの人      1947年生まれの人      千葉県出身の1947年生まれの人      
 91  柏原啓一    東京都 出身Wikipedia
柏原 啓一(かしわばら けいいち、1935年5月1日 - )は、日本の哲学研究者、東北大学名誉教授。俳人として柏原眠雨。
全国の東京都出身者
日本学園高等学校出身      全国の日本学園高等学校の出身者
5月1日生まれの人      1935年生まれの人      東京都出身の1935年生まれの人      
 92  平井照敏    東京都 出身Wikipedia
平井 照敏(ひらい しょうびん、1931年(昭和6年)3月31日 - 2003年(平成15年)9月13日)は、俳人、フランス文学者。本名・てるとし。東京都生まれ。1954年(昭和29年)東京大学文学部仏文科卒業、同大学院比較文学比較文化修士課程入学。1959年(昭和34年)詩集『エヴァの家族』を刊行、詩人として活動を始め、またフランス詩の研究も行う。青山学院短期大学に勤務しのち教授。
全国の東京都出身者
東京都立小山台高等学校出身      全国の東京都立小山台高等学校の出身者
3月31日生まれの人      1931年生まれの人      東京都出身の1931年生まれの人      
 93  磯崎新    大分県 出身Wikipedia
磯崎 新(いそざき あらた、1931年(昭和6年)7月23日 - )は日本の建築家。一級建築士、アトリエ建築家。大分県大分市出身。父は実業家で俳人の磯崎操次。夫人は彫刻家の宮脇愛子。
全国の大分県出身者
大分県立大分上野丘高等学校出身      全国の大分県立大分上野丘高等学校の出身者
7月23日生まれの人      1931年生まれの人      大分県出身の1931年生まれの人      
 94  有馬朗人    大阪府 出身Wikipedia
有馬 朗人(ありま あきと、1930年9月13日 - )は、日本の物理学者(原子核物理学)、俳人、政治家。勲等は旭日大綬章。学位は理学博士(東京大学・1958年)。東京大学名誉教授、財団法人日本科学技術振興財団会長、科学技術館館長、武蔵学園学園長、公立大学法人静岡文化芸術大学理事長(初代)。文化勲章受章者。
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静岡県立浜松北高等学校出身      全国の静岡県立浜松北高等学校の出身者
9月13日生まれの人      1930年生まれの人      大阪府出身の1930年生まれの人      
 95  木暮剛平    群馬県 渋川市 出身Wikipedia
木暮 剛平(こぐれ ごうへい、1924年9月19日 - 2008年12月14日)は、電通社長・会長を経て電通相談役。日本広告業協会理事長・日本広告業協会会長として広告代理店業界の発展に尽力。 経済同友会副代表幹事、経済団体連合会理事、東京商工会議所議員などを歴任。 通商産業省(現在の経済産業省)情報処理振興審議会会長として行政運営の円滑化にも手腕を発揮した。 また、 60歳を過ぎて始めた俳句だったが、 俳人としても知られ、「万象」同人。国際俳句交流協会会長を務めた。 2008年12月14日、肺炎のため死去。
全国の群馬県出身者    全国の渋川市出身者
群馬県立渋川高等学校出身      全国の群馬県立渋川高等学校の出身者
9月19日生まれの人      1924年生まれの人      群馬県出身の1924年生まれの人      
 96  金子兜太    埼玉県 出身Wikipedia
金子 兜太(かねこ とうた、1919年(大正8年)9月23日 - )は、日本の俳人。階級は海軍主計中尉。現代俳句協会名誉会長、日本芸術院会員、文化功労者。
全国の埼玉県出身者
埼玉県立熊谷高等学校出身      全国の埼玉県立熊谷高等学校の出身者
9月23日生まれの人      1919年生まれの人      埼玉県出身の1919年生まれの人      
 97  木下順二Wikipedia
木下 順二(きのした じゅんじ、1914年(大正3年)8月2日 - 2006年(平成18年)10月30日)は、日本の劇作家、評論家。代表作に『夕鶴』がある。日本劇作家協会顧問。伯父は佐々醒雪(俳人、国文学者)。著名な進歩的文化人であった。
熊本県立熊本高等学校出身      全国の熊本県立熊本高等学校の出身者
8月2日生まれの人      1914年生まれの人      
 98  篠原鳳作    鹿児島県 鹿児島市 出身Wikipedia
篠原鳳作(しのはら ほうさく、1906年1月7日 - 1936年9月11日)は、鹿児島県出身の俳人。本名は篠原国堅(くにかた)。旧号は未踏、雲彦。1906年(明治39年)、鹿児島市で生まれる。鹿児島県立第二鹿児島中学校(16回卒=大正12年)を経て、1929年東京帝国大学法学部卒。病弱のため都会での就職を避け郷里で句作に没頭。1931年より教諭として沖縄県立宮古中学校に赴任、1934年に結婚を期に母校の鹿児島二中に転任した。
全国の鹿児島県出身者    全国の鹿児島市出身者
鹿児島県立甲南高等学校出身      全国の鹿児島県立甲南高等学校の出身者
1月7日生まれの人      1906年生まれの人      鹿児島県出身の1906年生まれの人      
 99  大野林火Wikipedia
大野 林火(おおの りんか、1904年3月25日 - 1982年8月21日)は、俳人。本名は大野正(おおの まさし)。神奈川県横浜市生まれ。旧制県立横浜第一中学校、旧制第四高等学校を経て、1927年東京帝國大学経済学部を卒業。大学卒業後は日本光機工業に入社。1930年に会社を辞めて県立商工実習学校教諭となる。中学時代より鈴木三重吉や佐藤春夫の抒情詩に傾倒。俳句は中学時代の1920年、親友の荻野清(のち俳文学者となる)の父から手ほどきを受け、1921年、荻野の勧めをうけて「石楠」に入会、臼田亞浪に師事する。
神奈川県立希望ヶ丘高等学校出身      全国の神奈川県立希望ヶ丘高等学校の出身者
3月25日生まれの人      1904年生まれの人      

東京大学
 100  大久保武雄Wikipedia
大久保 武雄(おおくぼ たけお、1903年11月24日 - 1996年10月14日)は、日本の政治家。衆議院議員(7期)。俳人でもあり、俳号は大久保橙青(おおくぼ とうせい)と言う。勲一等瑞宝章。
熊本県立熊本高等学校出身      全国の熊本県立熊本高等学校の出身者
11月24日生まれの人      1903年生まれの人      


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